【つぶやき】嘘

つぶやき

こんにちは!づっきーです。

今回は、「嘘」というテーマについて語っていきたいと思います。

それでは、今日もよろしくお願いします;)

嘘をついた時、なかなか他人には本当のことを言いにくいと思います。

また、一度嘘をついてしまうと、その嘘を突き通すために嘘に嘘を重ねてしまい、

取り返しのつかないことにもなりえます。

づっきーは、そういう経験をたくさんしてきました。

今回は、この場だからこそ打ち明けられることや、嘘をつくことに対する懺悔(ざんげ)の気持ち、

づっきーなりの嘘との向き合い方について書き留めていこうかなと思っています。

仕事

づっきーは最近、メンタルも生活もようやく安定するようになってきて、

そろそろ社会復帰しないと貯金も底をついてきたこともあり、新しい仕事を始めました。

断言できるわけではありませんが、雇われたのはきっと、面接時についた嘘のおかげでした。

結果として、その嘘が今の自分を少し苦しめようとしているのですが。

では、づっきーが面接時に何の嘘をついたかと言うと、通院の有無と薬の服用の有無です。

このふたつの質問に対して、はっきりと「ありません」と答えてしまいました。

正直に言いたかったですが、嘘をつかなければ受からないと思いました。

正直に打ち明けた会社には書類選考でことごとく落とされてきたのも事実だったからです。

この半年で、4社落ちました。

自分は就活をしているのかと思ってしまうほど散々な結果に、不採用通知が来ては、

「ああ、社会はもう自分を必要としていないんだ。こんな不安定な奴を受け入れてくれるところなんてないんだろうな。」

と、ひどく落ち込み、気分が落ち着いてきた頃に再度受けては落ちるというのを繰り返していました。

そんなづっきーを見かねた母は、病院のことも休学理由も本当のことは言わない方がいいと言っていました。

すぐに働けなくなるような人は採用されないから、と。

母は以前から、づっきーがどんなに辛いと訴えても、

「もっと気楽に考えて。自分が前向きに考えられるようにならないと何も変わらない。」

といつも言っていました。

中学時代にづっきーの人生がどん底まで落ちた時でもそうでした。

その言葉をかけられる度に「この人はやっぱり何も理解しようとはしてくれないんだな」と思ってきました。

だからこそ、うつのことは隠して働くべきだという母の助言を聞きたくない気持ちがありました。

しかし、確かに不採用通知を受け取ってきたことも事実です。

履歴書に正直に向き合う度に落ちてきました。

所詮、自分の人生なんて嘘をつかないと社会には通用しないこともわかっています。

悔しいですが、結局母はいつも正しいと認めざるをえないような気がしてしまいます。

もちろん、づっきーも「うつだから」と気を遣われたくはありません。

でも、通院が理由で定期的に休むことも、うつのことも、適応障害が少し入っていることも、

何もかも打ち明けてはならない状況に置かれるのも正直かなりの負担となっています。

辛くても言えないのがとても苦しい。

でも嘘をついてしまったからにはもう手遅れです。

今の職場ではひたすら嘘を突き通さなければならなくなりました。

自分のための嘘

そんな状況に置かれた現在、これまでついてきた嘘がフラッシュバックしてきています。

嘘まみれの人生。

どの時代を切り取っても、嘘に嘘を塗り重ねていました。

全ての嘘は自分を守るためのものでした。

嘘が、づっきーにとって社会を生き抜く唯一の方法だったからです。

でも自分が崖っぷちに立たされるのには、それ相応の理由が必ず存在することを痛感しています。

電話対応

以前の就業先での嘘の話です。

電話対応の仕方を教えてもらったこと自体を忘れていた、というのは嘘でした。

入ったばかりで覚えることが沢山あって頭がいっぱいだったのは事実です。

しかし、まだ電話対応に自信がなくて電話を取りませんでした。

その日からだったと思います。

店長さんの態度が一変しました。

きっとバレていたのでしょう。

その日以来、づっきーは社員さんの間で嘘つき認定されていたように思います。

仕事の覚えも遅くて嘘もつくなんて、そりゃお客さんの前であろうと舌打ちされるよなって。

もういいって呆れられるよなって。

何も覚えないまま仕事しに来ないでって怒鳴られるよなって。

自分の居場所を無くしていたのは自分でした。

当時の様子を俯瞰して見てみると、それは一目瞭然です。

ずっと前からわかっていたことなのかもしれません。

どうしても怖くなってしまい、自分を守るために自分の記憶すらも塗り替えていたのかもしれません。

中学時代が人生最悪のピークだと思っていましたが、軽く超えてきました。

新しい嘘が追加されて飽和したことで、抱えきれなくなったのだと思います。

中学時代

上記で述べたように最悪だと思っていた中学時代も、周りのせいで辛かったなんて思っていましたが、

きっとそれも違ったのだと思います。

周りに馴染む努力をしなかった自分が悪かったのだろうと、今になって気づきます。

あの状況ひとつひとつを作り出したのは全部づっきー自身でした。

自分への嘘

考えてみると、自分自身にも嘘をつき続けてきました。

自分の気持ちなんて聞こうともしませんでした。

どれだけ苦しくても、無理をしてでも頑張らなきゃいけないと言い聞かせてきました。

嘘まみれの自分に押し潰されて、本当の自分を見失いました。

どれが、何が、誰が、本当の自分なのか、あるいは本当の気持ちなのか分からなくなりました。

蓋をし続けてきた自分の気持ち一度触れてしまうと、もう歯止めが効かなくなるのを感じました。

この20年間、ずっと気が付かないふりをしてきたのに、気づいてしまったのです。

明らかにストレスに対する耐性がなくなったのを身に染みて感じます。

楽しい思い出

楽しかった記憶がない、なんていうのも嘘です。

楽しかった記憶を思い出してしまうのが、どうしても辛くて耐えられなかったのです。

だから、全部なかったことにしました。

そうでもしないと、自分が壊れていくのをわかっていたからです。

自己防衛のための自己犠牲

自分を守るために自分を犠牲にしていたことにも、今更ながら気が付きました。

そんなの意味がないですよね。

そして、自分を守るためについてきた嘘のせいで、周りにも迷惑をかけていたことも今になって痛いほど感じています。

づっきーにとって、生きることは嘘をつくことです。

嘘をつくことは、何よりも重い罪なのかもしれません。

だからこそ、問いたいのです。

嘘をつくことで迷惑をかけるくらいなら、誰の記憶からもいなくなりたいと思うこともまたわがままなのでしょうか。

抱える嘘が増えた現在、嘘について深く深く考えています。

良い嘘は存在するのだろうか。

もしあるならば、それはどんな嘘なのだろうか。

嘘だらけの人生を送ってきた(いる)づっきーによる、嘘への問いかけでした。

それでは、今日も最後までお読みいただきありがとうございました:))

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