【つぶやき】壁にぶち当たっている努力の天才へ

つぶやき

こんにちは!づっきーです。

今回は、リアルな知り合いで、壁にぶち当たっていた、とある努力の天才が書き留めた言葉に対してづっきーの考えをつぶやいていきます。

努力の天才には、いつかこのブログを見つけて受け取ってもらえる日が来るといいなあと思っています。

それでは、興味があればぜひ最後までお付き合いください;)

”僕はなんで止まっているんだ”

率直に、止まることはいいじゃんって思った。

なぜかというと、づっきーは一歩(いっぽ)進んだかと思ったらすぐに止まってしまうから。

もっと言えば、一歩進んで二歩下がってきた。

なんなら、一歩踏み出そうとしただけで、止まってばかり。

「一歩進む」には、2つの意味があって、

ひとつ目は、物理的な意味。もうひとつは、精神的な意味。

以前話ししたように、づっきーはHSPで、そもそも時間に余裕がないと息が詰まるから、あえて何もしない時間を予定に組み込んだりしている。

時間の余裕=心の余裕 だと思っているから。

いくつか例を挙げたらわかりやすいかもしれない。

残り5分

例えば受験中、試験監督者の「残り5分です。」って言葉を聞くと、途端に焦りを感じて緊張し始める。

どうしよう、これ全部あっているのかな。どこかミスしていないかな。どこから見直そう。

って、頭が一気にパニック状態になる。

そこで、今解いている問題を放り投げて、まだ解ききれていない残りの問題をテキトーにマークし始める。

一方で、アナウンスを聞いた時に一旦手を止めて、落ち着いて解き続ければ、今解いている問題の1点を確実に取ることができるかもしれない。

それなのに、そんなことはどうでも良くなる。

どうでも良くなって、全く手をつけていなかった問題のことで頭がいっぱいになる。

確かに、マークした問題数が多いほど、絶対値が大きくなるために正当数も多くなるかもしれない。

でも、そのまぐれによって勝ち取った合格にはどれだけの価値があるだろうか。

その合格は、努力の賜物(たまもの)でも強運のおかげでもなんでもない。

ただ、偶然正解していただけ。

ネットショッピング

ネット上に、一目惚れした服があった。

自分好みの服で、思わず衝動買いした。

このように、いっときの衝動で買った服をどれだけ着ているだろうか。

一目惚れした何かに込められている期待はかなり大きい。

だからこそ、衝動買いされた服って、届いてからイメージが違った、期待値を超えてこなかった、とかいろんな理由で、大抵の場合すぐに捨てられたりクローゼットの奥底に眠っていたりする。

つまり、人ってどんな時でも、一旦立ち止まってゆっくり考える時間が必要ってこと。

止まっている間は、無駄な時間だと感じるかもしれない。

でも、考えた人と衝動的に動いた人の差って、徐々にだけど確実に出てくるはず。

駅構内

駅の構内を歩いているだけでも、考えることの重要性をよく感じる。

歩いている時って、自分が思っている以上に周りが見えていない。

たった今通り過ぎた店に何が売られていたのか、事細かに描写できる人はほぼいないはず。

でも、一旦立ち止まってみると、

自分がどこにいて、どんな音に囲まれていて、どんな雰囲気の環境にいるのか、ちゃんと理解できる。

立ち止まって、「次どこに行こうか?何をしようか?」と考えて決めてから歩き始めた方が効率的に動けたりする。

もちろん、がむしゃらに走り続けることも楽しいだろうし、そこから得る発見もある。

でも、その進み方だけが全てじゃない。

人生により熱中したい、人生をより豊かにしたい、充実させたいって切望するならより一層、止まることの有意義さは偉大になるのではないかと、づっきーは思う。

”どうやったら失敗しないんだ”

づっきー的には、人生において成功し続ける、いわゆる勝ち組ほどつまらない人生はないと思っている。

だって、成功ってつまりゴールみたいなもんだから。

中学3年のとき、づっきーは英語と数学のテストで満点を取った。

それまでその満点を目指してきたはずなのに、いざそこに達すると今まで感じたことのない焦燥感(しょうそうかん)に包まれた。

先生からも友人からも褒められたり羨ましがられた。

でもづっきーは、テストには100点の先がないからこそ、次からどうすれば良いのかわからなくなってしまった。

100点を取り続ければいい話なんだけど。

なんか、それはつまんないって思った。

だって、テストにおける100点ってゴールだから、ゴールし続ける状況っておかしい。

だから、もう満点は取りたくないなって生意気なことを考えていた。

ここでひとつ、事例をあげる。

  • 銀派

づっきーは、金メダルよりも銀メダルが好き。

それはきっと、目標となる もの/こと/ひと がいないと迷ってしまうからなんだと思う。

例えば、小学校の徒競走で、自分だけ6年生で他の生徒がみんな1年生だったらそりゃダントツ1位でゴールするだろう。

でも、ゴールした後、そのレースを振り返って素直に喜べるだろうか。

そんな徒競争を、純粋に楽しめるだろうか。

そんな簡単なゴールをして、誰かに自慢したくなるだろうか。

自慢しただけ嘲笑(ちょうしょう)されるに違いない。

成功を当たり前にするとは

成功を当たり前にすると、喜びが薄れていく。

成功するための度重なる失敗が、人生の大半を占めているんじゃないかと思う。

なぜなら成功とは、何度も失敗を繰り返した後に発生する、最後の一瞬の出来事に過ぎないから。

失敗は続くものだけど、成功は一時的なもの

つまり、失敗は線で、成功は点。

づっきーもそうだけど、人は失敗することに大きな恐怖心がある。

だから、常に成功を追い求め続ける。

でも、”失敗は成功のもと”ってことわざは案外正しいのかもしれない。

だって、失敗がなければ成功は発生しないから。

世の中には、失敗は悪いこと、失敗は罪、失敗は恥って考える人も多い。

づっきーは、人々に失敗を恥じさせるこの世の中が恥だと思う。

完璧なんて存在しないんだから、失敗を恥じる文化は変わらなければいけない。

失敗は、成功=喜び のもと

今回のつぶやきを読んで、勇気を持って立ち止まってみる人や、堂々と失敗をすることができる人が、

1人でも現れてくれたら嬉しいです。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました:))

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