【つぶやき】数ヶ月間について

つぶやき

こんにちは!づっきーです。

数ヶ月ぶりにブログを更新します。

サボっていた、というつもりはないのですが、この数ヶ月間で色々と環境が変化したので、

最近よく考えることも含めて書き綴っていこうと思います。

投稿してこなかった期間について

まずは、環境の変化について書いていきます。

づっきーは、数ヶ月前に新しくアルバイトを始めました。

2025年は、ちょくちょくとアルバイトはしていたものの、身体的にも精神的にも休むこと、

自分自身と向き合うことを最優先にしようと心がけていたので、これといった仕事はしていませんでした。

全てではないものの、これまでのブログに書き綴ってきたように、

今まで経験してきたことの積み重ねもあり、見えなかったものが見える形で現れたからです。

働くこと、お金をもらうことだけでなく、人と接すること、人とすれ違うことさえも怖くなり、

もう社会に戻ることはできないと思うことも度々ありました。

それでも、社会に生きている以上、生きているだけでお金は減っていきます。

収入はないのに支出はある状況もストレスを増長させていました。

そこで、精神的にもかなり安定してきて、日常生活を取り戻し始めているということで、

アルバイトに応募し、無事職を得ることができました。

実はアルバイトに応募する1週間前までこの世を去ろうと考えていました。

もし今のところに落ちていたら、づっきーはもういなかったかもしれません。

自分に課した最後のチャンスということで受けてみたのです。

なぜそんな絶望下にあってアルバイトに応募したのかというと、気づいてしまったからです。

どこで、どんな方法で去るのか考えていなかったなあ、と。

色々と考えました。

どんな方法だったら最も誰にも迷惑をかけなくて済むのだろうか。

考えれば考えるほどわからなくなってしまい、最後のチャンスを自分に与えてみたのでした。

幸運にも、現在の職場で雇っていただくことができ、今のづっきーがあります。

多少の人間関係のいざこざや、かなり簡単にクビを切られてしまう環境には、

多少なりともストレスを感じていますが、そこそこに安定して働くことができています。

お金をもらっていることを自覚して働きなさい、とずっと父に言われてきているので、

よほどのことがない限りは精一杯働かせてもらおうと思っています。

入社と嘘

一丁前に意気込みを書きましたが、、、

ここでしか吐き出せないので書いていきます。

以前の投稿で書いていたかは定かではありませんが、

実を言うと、づっきーは面接の際に、またしても嘘をつきました。

通院履歴と服薬履歴について尋ねられた際に、どちらもありませんと答えました。

病院に行く日は、学校の集まりがあることにして現在でも精神科に通院しています。

その場で作り上げた完成度の低い嘘なのでバレているのかもしれませんが、幸いにも深掘りされることもなく、採用していただく流れとなりました。

あの時、事実を述べていても採用される可能性はあった、と入社してから感じました。

では、なぜ嘘をついたのか。

正直、嘘をつきたくはありませんでした。

責任転嫁が許されるのであれば、母親に言わないほうがいいと助言されていたからです。

しかし、正直に述べた履歴書では全て落とされていたのも事実です。

本当のことを言ったらまた落とされるかもしれない、と怖気付いていた自分もいました。

ひとつの嘘は7つの嘘を生むとも提言されているように、事実を隠すことは本当に困難で精神的負荷がかかります。

結局、自分のための嘘が自分を苦しめているのです。

人生はちゃんとブーメランなのだな、と改めて実感させられました。

いつか本当のことを打ち明けたい気持ちはありますが、現在のづっきーにはまだその余力が残っていない、という状況です。

人を騙してまで働き続けることは許されて良いことなのだろうか。

日々そんな自責の念と闘いながら働いています。

飲み会とカミングアウト

先週、他のパートさんたちや社員さんと飲みにいきました。

そこで、話の流れで、いわゆる”カミングアウト”をしてしまったのです。

これまでのブログでも語ってきているように、づっきーは性別にとらわれたくありません。

その性別として、とかではなく、1人の人間としてみてほしいと考えています。

だから、性自認も性的指向も、性別を気にしたことがありません。

そして、特にその考え方について隠しているわけでもないのですが、

そのことをポロッと言うと、「バイセクシュアルなのか」とか「自分の子供に性転換したいって言われたら受け入れられないかもな」とか色々な感想や意見を受けました。

それら感想に関しては、そうなんだなと思うだけなので特に気にすることはありませんが、

づっきー的には、”カミングアウト”という概念やその定義についても少し違和感を覚えます。

異性を好きになっても「実は、異性が好きなんです」なんてカミングアウトする必要はないのに、

なぜ、同性を好きになったり、生まれ持った性と自認している性が100%一致していないだけで”カミングアウト”しなければならないのか。

そして、そのカミングアウトに対して親や周囲の人間も深刻な面持ちになるのか。

「受け入れてあげなければいけない」という姿勢を取るのか。

どうしても疑問に思ってしまいます。

パートさん社員さんはみんな親の方が年齢的には近いので(というとこれもまた差別的な表現になってしまいそうですが)、なかなかづっきーとは感覚が異なる部分があります。

幼少期から母親が「普通になって」と懇願してきていた過去からも分かるように、

そもそもづっきー自身の普通軸がずれているので、仕方のない部分は多少なりともあるのですが。

現在の職場はかなーりオールドファッションだと感じます。

無意識に性別で振り分けられている感じもしますし、社会学の授業では一刀両断されそうな思考もみんな当たり前のように持っています。

想定できていたような当たり前の反応をされて、勝手に居心地が悪くなったという弱音を吐きた口なっただけです。笑

最近よく考えることについて

ここからは、づっきーが最近になって改めてよく考えることについて書いていきます。

新しい環境に飛び込んだ、ということはつまり、家族やプライベートのことも少なからず話さり聞いたりする機会があります。

この約1年間ほとんど誰とも交流がなかったので、何をどこからどのくらい話せば良いのかわからず、毎回若干パニックになりながら会話しています。

他のパートさんや社員さんと話す中で、姉との関係性について思い返すことが多くあります。

今でこそ、一緒に買い物したり、旅行もしたりしていますが、

10年前、いや数年前までは普通に会話することもできませんでした。

昔からおしゃれが好きだった姉にとって、自分の見た目に全く気を使わないづっきーは煩(わずら)わしかったと思います。

周囲の友人たちがお姉ちゃんお兄ちゃんと仲良くしていたり、弟妹の面倒を見ているのを見て、ずっと違和感しかありませんでした。

どうして、みんなはそんなにきょうだいと仲がいいんだろう。

小学生中学生というお年頃のせいもあってか、姉は常にづっきーを笑いものにしていました。

3年も長く生きている人にはなかなか勝てないものです。

反抗したくてもできなくて、でも親に泣いているのがバレるのも嫌で、ずっと部屋で泣いていたような気がします。

食卓テーブルで目の前に座っている姉が視界に入っただけで「なんで見てくんの」「こっち見ないでよ」なんてこともよく言われてきました。

思い返している今では、視界に入っただけだよ、なんて心の中で言い返せますが、当時のづっきーにはできるはずもなく、

何か言われるのではと怖くて、他の方向に視線を向けてわかりやすく見ないようにご飯を食べるようになりました。

見ないように、というか見れなかった、というのが本音ですが。

話しかけることもできなかったので、話しかけられたときにだけ応えるといった感じでした。

姉に対する恐怖心がなくなっていったのは、姉が高校生か大学生になってからだったと思います。

お互いが成長していったのでしょう。

最初はあまりに丸くなった姉に慣れませんでしたが、づっきーも簡単な人間です。

優しくなった姉と普通に会話できるようになりました。

今では、何かあれば連絡も取り合っていますし、昨年も医学的観点から色々とアドバイスしてくれたりとありがたい存在です。

何より、田中(仮)家は姉と猫のおかげで成り立っているので、日々感謝しています。

まとめ

久しぶりの投稿となりましたが、安定して最近の思いをつらつらと書き綴ってしまいました。

今回の投稿をまとめるとしたら、

  • 嘘をつかないことは、なんだかんだ自分のためになる
  • ありのままの自分の姿に自信を持って堂々としていればいい
  • 無理に”カミングアウト”しようとしなくていい
  • 誰を/何を好きになろうと、自分自身を何だと捉えようと、全て美しい

といったところでしょうか。

まだまだ他者の目も気になるし、人に対する恐怖心や警戒心も健在のづっきーではありますが、

思考がグルグルして目が回りそうなときには、一歩下がって自分自身を俯瞰してみるようにしています。

自分が自分の主体であって、最も身近な他者にもなり得ると考えるからです。

内面を知っている他者は存在しません。

自分が他者目線に立って自身を俯瞰してみる行為には、

物理的な他者とは異なった角度から、ひとつひとつの要素を総合的に解釈し、

結果として新しい一面に気づく可能性を秘めているとも言えるのではないでしょうか。

このブログはあくまでもづっきーによるづっきーのためのブログですが、

偶然にもこのブログを発見して、このブログを読んでそういう考え方もあるのか、と

新たな発見のきっかけになれたら嬉しいです。

それでは今日も最後までありがとうございました:))

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